第3回 教科の授業の構造と学習者の実態
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1. 授業づくりの視点
1-1. 学習内容の構造
各教科で取り上げられる内容が学年ごとに定められている
ある単元の学習内容が理解できるためには、それ以前の学年の学習内容が理解されていなくてはならない
教科の授業で取り上げられる学習内容は階層的構造を持つ https://gyazo.com/af3f42dafd4eeca89863b9fcbb6e6d58
子どもたちの中には、以前に習得しておくべき前提知識が不十分な者もいる
以前の学年の学習内容であっても不十分な前提知識の習得を目的とする内容を盛り込んだ授業案を作成しなくてはならない
学習指導要領で謳っている目標は知識に関するものばかりではない
e.g. 「数量や図形に親しみ、算数で学んだことのよさや楽しさを感じながら学ぶ態度を養う」
目標と前提が必ずしも明確ではないため、それらの階層的構造やそれぞれの達成状況の把握が難しい
教師なりの可視化できる行動指標を設けていくことが有効
具体的な行動
1-2. 子どもの認知に応じた課題の分類
実際の授業では、具体的な課題を通して学習内容が教えられる
$ 8-3のようなI位数同士の減法(小学一年生)を教えようとするとき、次の3種に分類することがある
テーブルの上にイチゴが8つありました。そのうち5つを食べました。残りは何個ですか。
全体から部分を取り去った残りの数を求める問題
イチゴ狩りに行きました。8つ採ろうと思います。今、5つ採りました。あといくつ採ればいいでしょう。
部分の数が既知で、全体の数に足りない部分の数を求める問題
イチゴが8つ、ナシが5つあります。どちらが多いでしょう。
最も難しい
全体集合間の要素数の差を求める問題
1と2は全体集合の要素数と部分集合の要素数の差を求める問題
実際の操作をイメージしにくい
「イチゴからナシは引けない」
一対一の対応付けができない
「イス取りゲーム、子ども8人イス5つ、どちらがいくつ多いか」という問題には正答できない子どもでも「8人いてイスは5つあります。イスに座れない子どもは何人ですか」といった一対一対応の必然生がある問題には正しく答えられることがある
数学の観点からは同型の問題であっても、解決に必要な認知過程は異なることがある
I位数同士の減法では、3つの型すべての問題解決が可能になることが最終的な目標
2. 子どもの実態を把握する視点
2-1. レディネスの枠組みとしての認知発達理論
ある学習内容の習得を可能にする子どもの準備状態
かつての教科学習では、その学習内容を習得するために必要な能力が備わる年齢段階があるという、成熟を重視した考え方があった
こうした考え方に基づいて、教科教育のレディネスの基準としてしばしば参照されてきた
0~2歳
直接物に触ったり、口の中に入れたりするなど、感覚や動作を通して外部の対象を把握する段階
この時期の前半では目の前の対象をハンカチで覆うと、それが消えてなくなったかのように対象を探そうとしない
後半になると物の永続性が理解できるようになる
目に見えなくても頭の中で、それを思い描く表象能力が備わったことを示す
2~7,8歳
あるものを別のもので表すことのできる象徴機能が現れる e.g. ままごとあそびで器に入れた砂をご飯に見立てる
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そのときの自分の知覚に束縛され、正しい写真を選ぶことができない
7, 8歳〜11,12歳
言語のような象徴を操作でき、論理的に考えられるようになる
この段階では具体的で現実的な事物については論理的思考が可能であるが、抽象的な事態にまで論理操作が及ばない
ネズミがネコより大きくて、ネコがゾウより大きかったら、ネズミとゾウではどちらが大きいか」といった推移律の問題では、現実の制約を受けて「ゾウ」と答えてしまう 11, 12歳~
現実を離れて論理的に推理、判断可能になる
推移律に庵する問題に正しく答えられるようになったり、仮説を立てて「Aならば、Bになるはずだ」といった思考が可能になったりする
均衡化: 2つの働きによって外部情報と自身の枠組みとのバランスをとること 外からの情報を自分のもつ思考の枠組み(シェマmtane0412.icon)に合わせて取り入れること 外からの情報をうまく取り込めないときに、枠組み自体を変化させること
各発達段階の年齢を示したことから、我が国の教育会では成熟が発達を決め、レディネスを捉える枠組みとしてピアジェの発達段階が用いられることが少なからずあった
ピアジェ自身の発達の捉え方は、環境との相互作用の結果として発達がもたらされる
認知の発達の規定因として成熟の要因のみを考えていたのではない
2-2. ピアジェ理論の影響と批判
ピアジェ理論に沿ったカリキュラム構成
小学1年生の算数の授業ではおはじきのような半具体物を使用する
具体的操作期に入ったばかり
数字という抽象度の高い記号を操作することは難しいことになる
具体物と抽象的な数を媒介する
関数や方程式の変数や未知数のような内容は、具体性が希薄であるため、形式操作期の中学校で取り上げる
小学校1年生〜2年生までだけに設けられている生活科は、この学年の年令がピアジェの理論で同じ発達段階にあることが背景にあるという(中澤, 2017) ピアジェの認知発達理論は、その後いくつかの点で批判されることになった ある個人において同一の思考様式が多様な問題解決法に統一的に適用されることはない
同一個人内での同一の思考様式や知識が広範な問題に適用されるのではなく、問題領域に応じて適用されること
三山課題で正しく答えられない幼児でも、かくれんぼで自分がAの位置に居て、B~Dの位置にいる鬼に見つからない場所に隠れるにはどこに隠れたらよいかを問う問題には、適切に答えられる 同一の子どもであっても、年齢に関わりなく、問題によって使われる知識が異なり、抽象的に考えることもあれば、具体的にしか考えられないこともある
ピアジェの発達理論は、認知の発達について各思考様式を年齢と対応させた点に特徴の1つが見出せる
一方、年齢のような内的要因ではなく、外的要因である教育の役割を前面に押し出した考え方もある
2-3. ルール学習への着目
認知の領域固有性によって問題領域ごとに思考様式が異なるのであれば、授業前の子ども達のレディネスを把握するにはどうしたらよいのであろうか
そのルールが広く問題解決に適用できることが目指される ゆえに、授業で取り上げられるルールごとにレディネスをとらえ、授業を構想することが有効であろう
教材の教示、発問を分類、記号化することで、多様な内容の教授活動を同一の枠組みで記述することが可能になる
細谷, 1983はルレッグ・システムを構成する諸概念に、学習者の認識としての誤ったルールを加え、$ \overline{\mathrm{ru}}(誤ったルールの意味で、ル・バー)と表した 公式、法則などの一般性のある定義・公式・法則などのルール
e.g. 金属は電気を通しやすい
ruに代入することのできる事例
e.g. 銅は電気を通しやすい
3. $ \overline{\mathrm{ru}}(ル・バー) 誤ったルール
e.g. 非金属は電気を通さない
4. $ \overline{\mathrm{eg}}(エグ・バー) $ \overline{\mathrm{ru}}の事例
e.g. ゴム手袋は電気を全く通さない
ruについての発問に相当する未完結のルール
e.g. 金属は電気を通しやすいだろうか
egについての発問に相当する未完成のeg
e.g. 水銀は電気を通しやすいだろうか
ルレッグ・システムを使って、
帰納的方法で目標となるルールを教えようとすれば
記述:$ \mathrm{eg_1 \rightarrow eg_2 \rightarrow eg_3 \rightarrow ru }
学習者が事前に$ \overline{\mathrm{ru}}をもっている場合には、
まず自らの$ \overline{\mathrm{ru}}を意識させ、
その後に$ \overline{\mathrm{ru}}にとっての反証例となるruの事例を提示する教授活動をとる方法がある
記述:$ \overline{\mathrm{ru}} \rightarrow \mathrm{eg_1 \rightarrow eg_2 \rightarrow eg_3 \rightarrow ru }
ルレッグ・システムの利点
個々のルールを超えて、教授・学習事態を同一方式で記述できる点
外的要因である教材と内的要因である学習者の認識を同一方式で記述できる点
3. 学習者のもつ誤概念
3-1. 学習者の誤概念
「学習内容は階層的構造をもつため、目標の前提となる知識を子どもたちに保証する必要がある」
正しい知識を系統的に教えていけば目標に到達できるわけではない
子どもたちは学習内容について白紙の状態ではなく、日常の経験から自分なりに知識を獲得している
誤ったものも含まれる
学習者が日常の直接的、間接的経験から獲得した知識は、その経験の範囲の狭さゆえに誤っている場合がある
前述の$ \overline{\mathrm{ru}}
ある単元の学習に先立ち、すでに目標となる知識に関連した誤概念を持ってしまっている場合がある
e.g. 「物体が運動していれば、その物体には運動方向に力が加わっている」
中学理科
物体に力が加えられることなく運動をしていれば、等速直線運動を続ける 当該法則の学習の前に、真上に放り投げられ、上昇している途中のコインに働く力を矢印で記入させると、重力を表す下向きの力に加えて、誤って上向きの力を記入する
学習後でも残存してしまうことがある
e.g. 「目に見えないモノは存在しない」
小学理科
塩は水に溶けるとなくなると考えるものがいる
水溶液をなめさせて塩の存在を知らせようとしても、「味だけが残り、塩本体はなくなった」と説明
水溶液を加熱して塩を取り出しても「塩は水に溶けると味に変わるが、水がなくなったから塩がまた出てきた」
その他の理科の誤概念
「電気回路で電池の両極から流れた電流が衝突して豆電球が光る」
「太陽は地球の周りを回っている」
算数の誤概念
「長方形の縦と横の長さを2倍すると、面積も2倍になる」
社会科の誤概念
「商品の小売値は仕入れ値と同じ(または仕入値よりも安い)」
3-2. 誤概念の特徴
誤概念の特徴
誤概念に対する確証度が高い
自らの日常経験などによって形成され、日常生活では一定の適用可能な範囲をもつため
科学とは一致しないという点では誤りだが
慣性の法則に関する誤概念では、摩擦のある日常生活では妥当性がある
確証度が高いため、授業で正しい概念を教えるだけでは、容易に修正されない
修正のためには、誤概念が誤りであることを納得させるための手立てを取らなければならない
システムをなす知識となっている
「重い物ほど速く落ちる」は一群の事例に適用され、「同じ石でも落ち続けると加速して重くなる」という他の誤概念を生み出す
「落下し終わると止まっているので、元の重さに戻る」という本人の中では矛盾しない知識システムが形成される(細谷, 2001) 誤概念は授業で言語によって明示的に教えられるのではないために、それを本人自身が明確に言語化できないだけでなく、保持自体も自覚できないことがある
授業で科学的概念が教授されても、それが誤概念と矛盾することに気づかない
互いに矛盾する科学的概念と誤概念が同一個人内に並存することがある
そして、確証度が高く日常で使用頻度が高い誤概念が、問題解決にあたって優先的に活用され適用されてしまう
誤概念は自ら知識をつくるという側面に着目すると、
人の認知の能動的性質を示すものであり、
望ましい学習の在り方という特徴ももつ
3-3. ルール評価アプローチ
誤概念をもつ場合でも、内容は学習者によって異なり一様ではない
段階的にルールの形でとらえようとする
ルール評価アプローチでは、子ども達は問題解決に際して一貫したルールにしたがうことを前提として、低次の水準から高次の水準のルールに移行する段階を設定している
視点からの距離や重りの数を変化させ、左右のどちらに傾くかについて、以下の4つの水準を設定し、それぞれのルール使用者の出現率を発達的変化の観点から予想した
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ルールI
支点からの距離は考慮せず、重りの数のみに着目して、左右の重りが同数ならば釣り合い、異なれば重りの数が多い方に傾く
ルールII
両方の重りの数が等しいときにのみ、支点からの距離に着目し、距離の長い方に傾く
ルールIII
重りの数と支点からの距離の2つの次元に着目し、一方の次元が等しいときには他の次元の値が大きい方に傾く
ただし、重りの数が少なく、距離が長いといった葛藤状態にある場合には混乱する
ルールIV(適切なルール)
重りの数と支点からの距離が葛藤状態にあるときには、重りの数と支点からの距離の積を比較して、その値が大きい方に傾く
実際に5, 9, 13, 16歳時に天秤課題を課してしらべた
5歳児の多くがルールI
9歳児はルールIかルールII
13歳児と16歳児はルールIIIがほとんどでルールIVの水準は僅か
ルール評価アプローチの長所
子ども達の事前の状態を明確に把握するのに役立ち、学習者がルールIからルールIIIのどの段階にあるのかによって、その後の教授活動をどの段階から始めればよいのかについて有効な情報を与えてくれる点にある
3-4. 教科学習における個人差
クラスのすべての子ども達が目標に到達するようになるためには、個人差にも配慮しなければならない
交互作用とは、複数の要因が組み合わさることで互いに影響を及ぼしあって生じる効果のこと https://gyazo.com/3de0206aa5371f287e28e87e5e62562d
いくつかの適性が取り上げられたが、対人的積極性が高い者は教師による教授法の方が授業後の成績が高くなり、逆に対人的積極性が低い者は映像による教授法の方が成績が高くなった
対人的積極性が高い学生は、人とのやりとりがある状況に動機づけられるのに対して、低い学生はそうした状況に回避的になるため、人とのやりとりがない、映像による教授法のほうが有効であったのだろう
適性の個人差として、事前にどのような知識をもつのかによって、効果的な教授法は異なる
「粘土を変形すると重さが変わる」という誤概念をもつ幼児に対して2つの教授法の事後の修正の程度をしらべた(伏見, 1999) https://gyazo.com/41ee5a8f8882a6f2c163f9e52cbbb9ff
教授法A: 粘土を球形から棒状に徐々に変形したり、徐々に分割したりして、その都度重さが同じであることを教える
教授法B: 最初から珠を大きく変形したり、細かく分割して繰り返し呈示し、重さが同じであることを確認させる
誤概念の確証が強い場合には教授法Aが有効
粘土を徐々に変形、分割して、自らの考えとの抵触を感じにくくした方が誤概念の修正に有効
誤概念の確証がそれほど強くない場合には、教授法Bが有効
誤りに対する拘りが強くないため、一気に変形、分割した教授法が有効だった
教師にとっては、個々の学習者が事前にどういった知識をもっているのかを的確に把握し、それに応じた効果的な教授方法を考えていくことが、ATIを考慮した「個に応じた指導」ということができる